17 ガバンパティー

ガバンパティー憍梵波提(きょうぼんはだい)尊者は解律第一のお弟子さま


ここはサーヴァッティーの祇園精舎、入門して間もない沙弥のチッタは、この日、同じベナレスの出身である、ガバンパティー長老に会うことが許されました。
「あの、ガバンパティー長老はどちらにいらっしゃいますでしょうか?」
チッタの問いに、比丘達は笑いながら、祇園精舎から離れた遠い先の森を指差しました。

「え?」
「あの方はな、ここにはいないんだ。一人離れて、あの森の中で修行をしているのさ」
「どうしてですか?」
「行ってお話しを聞けば分かるよ」
怖いような、楽しみのような、チッタは急いで森のほうへ向かいました。森の中で迷ったらどうしよう、とか思いながら。
でも、不思議なもの、引き寄せられるようにチッタはガバンパティー長老が瞑想をしている樹の所にたどり着きました。

「ガバンパティー長老、はじめまして。沙弥のチッタと申します」
しかし、長老は口をもぐもぐさせているばかりで、目を開けようとしません。
・・・牛にそっくりじゃないか・・・。
「こらっ!」 と、低く重い声に、チッタは驚いて飛び上がってしまいました。

「今、私のことを牛にそっくりだと思っただろう」
「い、いえ」
「こらっ、嘘言うと、皆に言うぞ。私はお前の心の中くらいは読めるぞ」
「すみません」
「謝らなくてもいい。今日お前がここに来ることは神通力でわかっておった。同じベナレス出身じゃそうじゃな。まあ、そこに座りなさい」
チッタは腰を下ろし、長老の顔をじっと見つめました。すごく綺麗な目をしていました。

温かな空気が二人を包みました。 普段あまり喋らないはずの長老なのに、色々な話をチッタに聞かせてくれました。
「私は前世が牛だった。この世で商人の家に生まれ、ヤシャスという賢い友達がおってな、彼がブッダの弟子になったと聞いて、私ら仲の良い友達四人で説教を聞きに行ったのだよ。そうしたら、皆ブッダの話に感動してしもうてな、四人一緒に出家したというわけだ」

チッタは頷きながら、心の中で長老はどうしてここに一人でいるのだろう、と思いました。 すると、長老はその思いを読んだのか、
「私がここに一人でいるのはな、ほれ、この通りの牛そっくりの顔に身体じゃろう?皆が私のことを悪く言って罪を作らせんようにする為だ。それに私は、サーリプッタやプンナみたいに話が上手くないしな、一人こうして師の教えをじっくり学ぶのが性にあっとるのだ。牛が食事の時に反芻するように、何度も何度も復習して身体に教え込むのだ」

チッタは言いました。
「わたしは聞いています。ある日師(ブッダ)と弟子達がこの森にやってきて、夜になって皆河岸で寝ていた時に突然洪水が起こり、岸に住む人達が流されそうになったのですが、洪水を予知していた師が長老に命じて、長老は神通力で川の流れを止めて、皆の命を救ったという事を」

そうして、楽しい時はすぐに過ぎ、師のもとに帰らなくてはならない時間となりました。
「また来て教えを受けてもよいですか?」というチッタの言葉に、長老は「いつでもおいで」と笑顔で応えたのです。

さて、その日から幾年過ぎたでしょうか、
ブッダが涅槃に入ったことをガバンパティーは知らず、 第一結集の時に、マハーカッサパ長老が、チッタにガバンパティー長老を連れて来るように命じました。 森に行き、チッタは長老に会いました。
「私を迎えに来るとは、おそらくブッダが涅槃に入られたのだろう」
「はい」
「・・・この世を照らし見る偉大な眼を失ったのう。ならば、師亡き後、教えを継ぐべきサーリプッタ長老はどうしたのだ」
「残念ながら、サーリプッタ長老はブッダよりも先に亡くなられました」
「おお、それも何と言う事か。では、モッガラーナ長老は?」
「同じく先に亡くなられてしまいました」
「何と言う事、偉大なる師を次々と失ってしまったのか」
「残念でございます」
「チッタよ、私も後を追わねばならない。子牛が親牛の後を付いていくようにな」
「え?」
「チッタよ、自らの修行に努め、師の教えを引き継いでいくのだぞ」
ガバンパティー長老は最後にその言葉を残し、森の奥へと消えていったのです。
一人静かにゆっくりと、牛の歩みのように。偉大な足跡を遺して。