ブッダの生涯

このコーナーでは仏教の開祖お釈迦様のご生涯をお伝えしていきます。たくさんのエピソードを通して、お釈迦様の生い立ちからわかりやすくご紹介します。最終話までの全25話をどうぞお楽しみください。

北元明教


第1話 ブッダって?

このサイトの名前にもなっているブッダって、そもそも何なの?とお思いの方もおられるでしょう。
ブッダとは仏陀と書き、真理に目覚めた人。漢訳では覚者(かくしゃ)ともいい、悟りに到達した人つまり仏様ということになります。

皆さん、お寺へ行かれると仏像に手を合わせますよね。昨今仏像は癒しの対象として注目されています。色んな仏像がありますが、大半の方が、それらは全て「仏」だと勘違いをされているのではないでしょうか。
例えば、観音様もお地蔵様も、ひっくるめて「仏像」といいますから、それらは「仏」だと思っておられる方も少なくないと拝察しています。

またお亡くなりになることを「成仏する」とか、亡くなった人を「ホトケ」や「オシャカ」ということがありますね。厳密にいうとこれもまた、間違った使い方なんですよ。
煩悩の多い私たちが、たとえ修行をしたとしても、そう簡単に「仏」にはなれないのです。

皆さんが一般によくご覧になるブッダとして、阿弥陀様がいらっしゃいますね。阿弥陀仏とか阿弥陀如来というでしょう?お薬師さんも、薬師仏、薬師如来といいます。
それぞれが真理に目覚めておられ、ご自身がお立てになった誓願を成し遂げられて、成仏つまり仏様になられた方々なんです。

お経には「インドのガンジス河の砂の数ほどの仏様がおいでになる」と説かれています。ビックリですよね?砂の数ですよ?とてもじゃないけど、一粒一粒数えられるものではありませんよね。これは数え切れないほどの、無数の仏様がおいでになるということです。

その中でも忘れてならないのは、ヒマラヤの麓で生を受け、悟りに到達し仏教をお開きになった偉大な方、そう、お釈迦様です。

『西遊記』という物語。三蔵法師が、孫悟空・沙悟浄・猪八戒を連れて、お釈迦様の教えを求めに、天竺へ向けて旅をするというストーリーは、テレビドラマとしても放映されていましたから、ご存知の方も多いでしょう。
この時、彼らが求めたお釈迦様の教えを漢訳したものが、私たちが目にしたり耳にしたり口で唱えるお経なのであります。

広く教えを説かれたお釈迦様もまた、悟りを開かれた証しとして、釈迦如来、釈迦牟尼仏と呼ばれ、仏教の祖として拝まれているのです。

いよいよ、その偉大なお釈迦様の、ご誕生からご入滅までのお姿を、時代背景とともに紐解いていきましょう。

覚者、如来となられた方ですから、もちろん神格化された人物像も描かれますが、私たちと同じような苦悩も抱えておられました。

まずはお釈迦様の前世からを次回ご紹介しますので、お楽しみに!


第2話 前世物語

お釈迦様の前世の逸話は実に様々で、どれも大切なことを教えています。ひとつご紹介しましょう。

とある国に王様がいました。とてもカンシャクもちで、すぐに怒り出す怖い王様でしたが、それ以外には欠点のない王様でした。

ある日、町へお出かけになり、よほど楽しいことがあったのでしょうか。ニコニコ顔でお城へ戻ってこられました。王様が飼っている二匹の仔犬も、王様の機嫌が良い時は、嬉しくて尻尾を振っています。

王様は次の日も出かける準備をしていました。ところが王様の馬車はボロボロに破壊され飾りも破られているではありませんか。たちまち王様は、顔を真っ赤にして怒りだしました。そして誰が犯人なのか家来に問いただしたところ、皮ひもに噛みついたあとがありますので、犬の仕業であることがわかりました。

王様はカンカンになって「町中の犬を殺してしまえ!」と家来たちに命じ、犬たちは捕まえられ、次々と殺されていきます。このことを知った犬の王様は、お城の王様のところへ駈け込んで言いました。

「町中の犬を全部殺せという命令は本当ですか?」

「そうじゃ」

「王様の馬車を犬が壊したという証拠はあるのですか?」

「馬車の皮ひもに噛んだあとと、犬の毛が落ちていた。それが何よりの証拠じゃ」

「では町中の犬が犯人なのですか?」

「そうではないが、どの犬が犯人なのかわからない。犯人さえわかれば命令をやめてやってもよいぞ」

「では王様の犬をここへ連れてきて、ミルクにクシャの葉を混ぜて飲ませてください」

クシャの葉とは「カエデ」のことをいいます。

クシャの葉を飲んだ仔犬たちは、間もなく気分が悪くなって、食べたものを吐き出しました。すると中から、馬車に使う皮ひもの欠片が出てきたのです。

「まさか、わしの犬が犯人だったとは・・・」

たしかにお城には見張り番がいて、しかも高い塀で囲まれています。町の犬がお城の中に入れるようなことはあり得ないのです。

なぜ王様はそのことに気がつかなかったのでしょうか。

犬の王様は言います。

「腹を立てている時は心が乱れているため、普通ではしないようなことも平気でしてしまいます。王様が罪のない町中の犬を殺そうとしたように・・・」と。

コンコンと「心を静めて自分を見つめなおす」ことの大切さを王様に説ききかせました。

怒りは愚かなことであると教えているのですね。そしてこの犬の王様こそ、後の世のお釈迦様なのでございます。

次回からは、いよいよお釈迦様がお生まれになるときの逸話をご紹介してまいります。