第10話 八重腰家にて2

無事、お食事も終わり
みんなホッと一息ついた時、これでまるく収まったと思ってたのに
「さて、食事も終わったところで三択老師様、杉一郎と私、杉太郎、どちらが仏様の理屈に適っておるのですか?」
「おーそうじゃ!白黒はっきりしようじゃないか。」
「ん?何じゃったかいなあ。」
「はぐらかしてもらっちゃ困りますよ。」

「そうそう杉太郎は、この間、精進について話を聞いていたのに、それを忘れて茶わん蒸しなんか出したんですから、仏の理に背いておりますよねえ?」

「いや、違いますよ。この間も話されていたように、ものを粗末にせぬよう、間違ったり失敗したものでも無駄にせず頂戴するのがいいんですよね?精進じゃないからって全部換えろっていうのは仏教の理に反しますよね?」
「うーん、改めて聞いてみると双方共に理があるような・・・そうだ、だいたい両人共に話をしたのは老師様じゃないですか!なんで二人に矛盾するようなこと言ったんですか!」
「ん?矛盾することを言ったのが問題になるかの?」
「なるかの?って別々の相手に矛盾することを言うから混乱するんでしょ!」

「いや、違うじゃろ。同じ人間に矛盾する二つの話をすると混乱するんじゃろ?」
「いや、そりゃ混乱しますけど・・・」
「だからと言って、別々の人に矛盾したことを言ったから混乱するとは限らんじゃろ。」
「ええ?もう解らなくなってきました~!もう、こうなったらお得意の三択クイズですっきり説明して下さいよ!」

「よし、ならば ①杉太郎が正しい ②杉一郎が正しい ③どちらも正しい さあ、どれじゃ?」
「どれじゃ?って今回の三択って随分あっさりしてますね、ひょっとして老師様もややこしや~で混乱しておられるんじゃないですか?」
「うるさい!ごちゃごちゃ言わずに早く選べ!」
「うーん、難しいなあ。杉太郎さんは、もったいないから全部換えなくても、和尚さんと僕の分だけ卵を外して蕪蒸しにすればいいって言うんだろ。 確かにこんなに沢山の数、茶わん蒸しが余っちゃうと困るよなあ。誰かが食べるって言ってもそんなに食べられないしなあ。でも命を殺さないように努力するっていうならお坊さんだけじゃなくて皆が心掛けたらいいって言う杉一郎さんの話も納得だよなあ。困ったなあ~。 まあ僕がこの時代に来る迄は、地球環境の問題ってやかましく言ってたしなあ・・・ここは杉一郎さんに賛同して②にしようかな? じゃ、取り敢えず②で」

さて皆さんは何番にします?

「ブッブー! 残念じゃったの~。」
「あ、じゃあ①!」
「それもハズレじゃ! 杉太郎も杉一郎も互いに仏教の理に適っておるんじゃ。」
「ちょっと待って下さいよ、ひげじい!」
「馬鹿もん、誰がひげじいじゃ!」
「だってね、どっちにも理があるってことは両方ともお釈迦様がお認めになってるってことですよね?」
「どちらもお釈迦様の言葉じゃよ。」
「え~!じゃあですよ、矛盾する二つのことを一人の人物がしゃべってることで問題になってるってことはですよ・・・」
「・・・ことはなんじゃ?」
「お釈迦様って嘘つきじゃないですか!」
「だから、さっき言った!じゃぁ~ん!」

「老師様、何を若い人ぶってんですか?」
「う、うん・・・よし、つまりおぬしに解るように話してやろう。」
「・・・お願いしますよ。」

「うちの寺で薪割りなんかをしてくれておる権助がおるじゃろ?」

「あ、あの熊みたいなおじさんですね。 あのおじさん、すごいんですよ! この間も牡丹餅作ったから好きなだけ食べてって言ったら40個も食べたんですから。」
「わしが権助に 人間は、そんなに沢山食べるもんじゃない!と叱ったら お前、どう思うな?」
「そりゃ、そうですよ!絶対に言って下さい。 僕、一個しか当たらなかったんですから。」
「ではこの間、お前の衣を作って布施して下さった お鶴さん、覚えておるか?」

「あの人、細いですよね。帰りに足をくじかれたんで 家までおんぶしてあげたんですけど、台所の梅干し壷より軽かったですよ。あんまりひもじそうに見えるんで、のり巻き寿司をあげたら一個食べたんですけど 後で聞いたら、そのせいで昼も晩も御飯食べられなかったって・・・」
「あのお鶴さんに、人間もっとしっかり食べないと体壊すぞ!とゆうてやったらどうじゃ?」
「言ってあげて下さいよ。あのままじゃ死んじゃいますよ!」


「ほれ見ろ!わし一人が矛盾する二つのことをしゃべっても合点しておるじゃないか?」「あ、本当だ!でも、仏様の教えと御飯じゃ・・・」

「何が違う!どちらも命の一大事じゃぞ。」
「そうかあ・・・あ、でも二人が全く別タイプじゃないですか。」

「ならば権助がわしに叱られて減量の為に飯を減らしたとする。」

「無理ですよ~!」

「譬えじゃ。
やつが一日、キュウリ一本しか食べず 意地になって痩せようとしていたら、それでも権助には食べていかんというかな?」

「老師様、さっきから聞いてたらずるいですよ!そんなの、その時の状況で答なんて変わるに決まってるじゃないですか!」

「決まってるなら何故そう考えんのじや。」

「え?」

「え?じゃない!」

「お!」

「何がお!じゃ?だいたい曖昧な相槌をするな。
おぬしはわしにお釈迦様の教えなら何でも信じてよいと言ったじゃろ。」

「あ、そうです、そうでした・・・。」

「確かにお釈迦様の教えは皆真実じゃ。 しかし、それは薬と同じで人のタイプや悩みによって違うんじゃ。 胃の具合が悪い人間に目薬を渡しても仕方ないじゃろ。 だから、お釈迦様は人の悩みに応じた教えを一つ一つ説かれたんじゃ。」
「なるほど、てことは僕が全ての人を救える人間になろうと思ったら・・・」
「お釈迦様の教えを全て学ぶことじゃのお。」
「老師様、全部僕に教えて下さい!」
「よかろう、けど結構あるぞ!」
「かまいませんよ!幾つですか?」
「八万四千通り!」
「どっひゃ~!無理!」
「馬鹿もん!わしの方が・・・無理だしぃ・・・」