第15話 三明房 

長い時間が流れ・・・ 気が付くと彼は慌てふためいていました。 今まで親しくしゃべっていた弟である三明房が突然唸り声を上げ 目の前で気絶してしまったのです。 急いで口に手を当てて見ましたが 呼吸をしていないのです。

「三明房!しっかりせんか! お主、まだ修行の途中ぞ! 天台の教えを極めぬうちに・・・ この若さで死してどうする!! しっかりせよ!」

彼は、泣きわめき叫びましたが 三明房は一向に息を吹き返しません。 周りの者達は泣きわめく弁長房を取り押さえ、落ち着かせるのに一苦労でした。
布団を用意し、枕元にロウソクと線香を供え枕経の用意にかかりました。
その夜、明星寺には大勢の僧侶が集いました。

何しろ九州随一の学問の聖地である油山の学頭(油山の360ヶ寺を代表する頭領)聖光上人の弟、三明房が突然の死を遂げたと聞いては
周りの寺院方も急ぎ駆けつけてきたのです。

そこで一同が見たのは、あの俊才にして冷静沈着な聖光上人の嘆き悲しみ
そして死ぬことを恐れる姿でした。

三明房が息を引き取られてから4時間の間、聖光上人は死の恐怖に怯えていたのです。

賢い馬は鞭の影を見ただけで驚くと言いますが
今の聖光様がまさにその状態でした。

修行半ばにして突然の死を迎えたら・・・・・
周りの方は、三明房の死んだことを嘆いておられると思っていましたが
聖光上人の嘆き、悲しみ、恐れは「修行の完成が出来ぬこと」の不安、
「どれほど修行しようと死は容赦なしに襲ってくること」への恐怖だったのです。

御仏様、どうか三明房を甦らせて下さい。 無理は承知ですが、あいつはまだ修行中の身なのです。 このまま、再び生まれ死にの繰り返しを続けたくないという思いの内に 修行をしていたのです。 この我が身を預けます。どうか、弟の命をお救い頂きたい!
心底から仏に祈りました。
ふと仏様の言葉が頭の中をよぎったような気がしました。
「諸行は無常なりといえども 一心不乱に念仏する者、命尽きるとき まさに往生を遂げる。」
・・・・・阿弥陀経か?
という思いが頭の中に浮かんだその時でした。

「三明房様が息を吹き返されたぞ!」 「本当だ!」

周りの人々のざわめきで我に返った聖光上人の目の前に 汗をびっしょりかいてハアハアと息をしている 三明房の姿が目に止まりました。

「三明房!無事か!」
三明房様はようやく息を落ち着かせると

「兄上、私は今、真っ暗闇の死出の旅路を歩いておりました。 すると、目の前に光り輝く仏様のお姿が現れたのです。 まるで金色に輝く山のようでした。

そして、その仏様が兄とともに救われる道を歩めとお教え下さりました。 歩めと言われてもどうすれば・・・と思っている時 後ろから兄上の声が聞こえたのです。」

「私の声?何と申しておった!」

「はい、南無阿弥陀仏と叫んでおられました。」

「良馬、鞭影に驚く」

聖光様はこの時以来、常に「死ぬ」ということを思いつつ 阿弥陀様の事を書かれた経典の勉強を始められたのでした。