第9話 八重腰家にて1

八重腰家に着くと早速のお出迎え・・・なんですが・・・
どひぇ~!二人とも同じ顔!?

いくら双子とは言え、完璧に一緒じゃないですか!
「おお御両人、揃ってお出迎えか。すまんのお。」

「いえいえ、この杉太郎、老師様のためなら何でもいたします。」
「何でも!?これは言い過ぎじゃろう杉太郎。」
「何だと、杉一郎!もう一度申して見よ!」
「杉太郎、おぬしはすぐにカッカとするで困る!何でもと言うたら後で困る時もあろう。 おぬしは、後先考えずにものを言うで困る。」
「ふん、杉一郎こそ下らぬ屁理屈ばかり。」
「屁理屈だろうと理屈は理屈じゃ。お釈迦様も口と心と行いとが一つになることが大切じゃと仰せじゃ。ねえ、老師様?」
「うーむ」

「なーにが!杉一郎、おまえこそ人の揚げ足ばかり取りよって!」
「釈尊はな、貴様のようにごちゃごちゃと理屈をこねる前に、なによりも実践することが肝心とお教え下さったのじゃ!老師様、そうでございますよね?」
「うーむ」

大変だあ!いきなり兄弟喧嘩が始まっちゃいました。どうするの~?
老師様、うなってばかりいないで何か言ってよ~。

「御両人」
「はっ!」 「ははっ!」
お!老師様が二人に説教かあ!?
「取り敢えずお手洗い貸してくれんか?」

・・・老師様・・・大丈夫?
お手洗いを終えた老師様、すぐに仏間へ進まれて法要。

無事、お勤めも終わられ(足痛かったけど 結構なお勤めでした)、御法話を頂戴しました。

【人の気持ちを察する】というお話でした。

御法話も終わり、杉太郎さんの方が

「さあ老師様、どうぞ広間の方で粗飯の用意をしております、どうか御食事を。」

「いや、これはこれは。」

「さあさあ、御膳の方へ。」

薦められて僕や参列の方々も一緒に席についたんですが、坐るなり杉一郎さんが
「おい、杉太郎!お前はこの間、老師様がお話された【精進】の話を聞いておらんかったのか!」
「失礼なことをいうな。しっかり覚えておるわ!」
「老師様はな、少しでも殺生をして生き物の命を無駄にせぬよう魚や肉を控えておられるのだぞ! それなのに見ろ、茶わん蒸しではないか! すぐ、下げて蕪蒸しと交換せよ。」

「あ、老師様、これは申し訳ありませんでした。すぐに下げさせます。 しかしなあ、杉一郎!お坊様以外の分は換えぬぞ! そうだろ、だいたい殺生せぬよう交換せよというが、ならば交換した分の命は戻ってくるのか? 以前、老師様がお教え下さった【もったいない】という話を忘れたか!この世の全ての物には定まった本性というのはない。 だから無駄にならぬよう「物体ない」と形にとらわれず大事に使い切れ!と教えて下さったであろうが。 だいたい、酒を山ほど浴びる人間に精進の能書きなど、して欲しくもないわ!」

「何を!」
「やるか!?」

大変なことになりました!なんとか落ち着いてもらわないと ・・・そうだ!

「エヘン!お二人とも落ち着いて聞いて下さい。 さっき老師様がお話下さったでしょ、【人の気持ちを察する】んだって。だから、お互いに・・・」

「だから老師様のお気持ちを察して、この馬鹿太郎を叱って・・・」
「それはこっちのセリフじゃ! 阿呆一郎の阿呆ぶりに老師様は嘆いておられるわ!」

だめだぁ!僕じゃ手に負えませんよぉ~!
老師様、何とかしてぇ!八重腰兄弟の睨み合いが続く中、おもむろに老師が立ち上がられました。
「杉太郎、杉一郎!」
さあ、老師様が雷落とすぞぉっ!

「何でも良いから早く食事させてっ」

ありゃりゃ! 違うでしょ老師様・・・ここは一番、どっちに軍配を揚げるかを皆さんが待って・・・もいないみたいね。
皆さん、異口同音にお腹がすいたことをアピールし始めてます・・・
なんだかなあ~
まあご親族はいいとしても老師様までなあ~ ちょっと幻滅だなあ・・・
「おい」
もっとビシッと決めてくれると思ったのになあ~!
「おい、ピンダカ!」

「は、はい!」

「おぬし、わしが早く食事にしようと言ったので幻滅しておるな?」

「い、いえ、そんなことは・・・」

「そんなことはあるじゃろ。
まあ良い。おぬしは今日のわしの説教を聞いておらなんだか?」

「いえ、ちゃんと聞いてました。」

「ほう、どんな話であった?」

「ですから、自分の考えばかりでなく、人の気持ちを察していくことが大事だというお話でした。」

「なるほど。で、おぬしはその後、人の気持ちを察しながら行動しておるか?」

「え? あ、えーと・・・はい!そうしています。」

「ほう、自分の思いではなく?」

「ん~、はい!あ!だからさっき二人にお互いの気持ちを察しあってと話したじゃないですか!」

「ほほう、しかし今お前が察したのは八重腰兄弟二人だけのことじゃろ?」

「そ、それは・・・」

「では尋ねるが、お前は八重腰兄弟の話がもつれ出した時に『料理が冷めちゃう』とは思わなかったのか?」

「いや、それは思いましたけど・・・」

「参列の人達も、そう思っておったようじゃな。」

「まあ、一般の方々は・・・」
「一般の方々はお腹が空いた、料理が冷めると考えても、坊主だけは違う姿勢を取れと?」
「いえ、そうは言いませんけど仏教の教えを説く者は、食事のことなんかより・・・」
「ほう、食事が冷めるんで早く食べようと言えば仏教の妨げとなるかな?」
「あ、いや、そんなことはないです」

「よいか、ピンダカ。おぬしが考えておることは間違っているとは言わん。しかし、僧侶というのはこうでなくてはいかん!というのは単なる坊主の執着じゃよ。坊主百人おれば説教も百通りじゃ。だが大事なことは僧侶だからと言って決して一般の人の思いを無視してはならん。まさに人への思いやりじゃよ。お釈迦様のお話は万民の心に響く。それはお釈迦様が万民の気持ちを汲んで話されるからなんじゃ。人間は腹が減るとイライラするものなんじゃよ。分かったかな?」
「そうかぁ!そうだったんだ!さすが老師様ですねえ。あー、納得したら何かお腹すいてきちゃいました。」
「ははは、ピンダカの思いが通じたか、蕪蒸しが出来上がってきた。
よし、では仕切り直しと行くか。さあ、皆さん、御飯の用意が整いましたぞ。では、天地の恵み、人々のお手間に感謝して戴くことにしましょう。」

「では、いっただっきま~す!」